ら抜き言葉・二重敬語は一般常識?大人が意識したい日本語の基本
はじめに
それは感覚ではなく、一般教養の話です。
「ら抜き言葉」や「二重敬語」といった日本語表現について触れると、「細かい」「気にしすぎでは?」と言われることがあります。
しかし、これらは個人の好みや思想の問題ではないようです。公用文、放送、出版の現場で共有されている一般的な日本語ルール。
特に大人の場合、日本語の使い方はそのまま知性・落ち着き・信頼感として受け取られます。
大人の一般常識として知っておきたい日本語の基本ポイントを整理しておきたいと思い、小さく記事にまとめてみました。
日本語の「間違い」には分類がある
日本語の誤用は、感覚的なものではなく、文法や運用の観点から分類された現象です。代表的なものには、次のようなものがあります。
【ら抜き言葉】可能表現の簡略化
例)
✕ 食べれる
◯ 食べられる
✕ 来れる
◯ 来られる
解説)
会話では広く使われていますが、文章や公的な場では誤用とされます。書き言葉では、正確な文法が信頼性に直結します。
【さ入れ言葉】不要な「さ」の挿入
例)
✕ 行かさせていただきます
◯ 行かせていただきます
✕ 読まさせていただきます
◯ 読ませていただきます
解説)
「丁寧に話そう」という意識が強いほど、文法が崩れてしまう典型例です。
【二重敬語】敬語の重ねすぎ
例)
✕ お召し上がりになられる
◯ 召し上がる
◯ お召し上がりになる
✕ 拝見させていただきました
◯ 拝見しました
解説)
敬語は足し算ではありません。適切な形を選ぶことが、丁寧さにつながります。
「させていただく」の過剰使用
例)
✕ 読ませていただいております
✕ 参加させていただいております
適切な表現)
◯ 読んでいます
◯ 参加しています
解説)
自分が主体の行動に対して過度な謙譲を使うと、不自然で冗長な印象になります。
なぜ大人ほど意識した方がよいのか
日本語では、
- 丁寧にしようとする
- 無礼を避けようとする
- 印象を良くしたいと思う
こうした気持ちが、かえって逆効果になることがあります。敬語を重ねすぎたり、言葉を足しすぎたりすると、
- 日本語の基礎が不安定
- 落ち着きがない
- 自信がない印象
を与えてしまうことがあるのです。
知性は「足し算」ではなく「選択」に表れる
知的な日本語とは、
- 難しい言葉を使うこと
- 長く説明すること
- 丁寧語を重ねること
ではありません。必要な表現を選び、余分な言葉を足さない。この 引き算の姿勢 にこそ、大人の知性が表れるのかもしれません。
まとめ
これはマナーではなく言語リテラシー。ら抜き言葉や二重敬語は、礼儀作法や性格の問題ではありません。
公用文、教育、放送、出版
これらの分野で共有されている日本語運用の基本ルールです。
大人がそれを意識することは、厳しさでも細かさでもなく、社会的な信頼を保つための一般教養と言えるでしょう。
私自身もまた、自らを振り返りながら、心得ておきたいことだと感じています。


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