ヨガ的視点環境

海岸に漂着するプラスチックごみは、どこから来るのか ― 海流と集合意識の視覚化 ―

インドネシアの海岸に漂着するプラスチックごみを海流と人の選択の流れで示した図解 ヨガ的視点
海岸に現れるゴミは、日常の選択の積み重ねかもしれません。

インドネシアの海岸に大量のプラスチックごみが漂着している様子

【国際ニュース AFPBB News】
https://www.afpbb.com/articles/-/3212375?utm_source=chatgpt.com

インドネシアの海岸に大量のプラスチックごみが漂着している様子

【朝日新聞社 globe】
https://globe.asahi.com/article/11530009?utm_source=chatgpt.com

 

視覚化すると、見えてくるものがある

インドネシアの海岸に打ち上がる、あまりにも多いプラスチックごみ。ニュースや映像を見て、「これは一体、どこから来たのだろう?」そんな疑問を持った方も多いと思います。

この問題は、数字や統計だけでは、なかなか腑に落ちません。しかし、流れとして視覚化すると、少し違った姿が見えてきます。

河川から海へ流出するプラスチックごみの経路を示した環境省の図

【出典 一般社団法人オーシャンスイープ協会】
https://www.atpress.ne.jp/news/277287

ゴミを減らす場活動の認知状況をあらわした円グラフ

【出典 日本財団 海と日本】https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/feature1/upload/20250423/feature1_0423_01.png

 

河川や沿岸部から海へプラスチックごみが流出する仕組みを示した図

【出典 エコジン】
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/

 

河川や沿岸部から海へプラスチックごみが流出する仕組みを示した図

【出典:環境省 ecojin 海がプラスチックで溢れる!?

 

個人の選択は「点」から始まる

便利だから、一度きりだから、みんなやっているから

日常の中の、ごく小さな選択。ひとつひとつは、点のように小さく、軽いものです。多くの場合、「環境を壊している」という実感すらありません。

点が重なると「集合意識」になる

同じ選択が、無数に繰り返されるとどうなるでしょう。
使い捨てが当たり前になり、疑問を持たなくなる。そして、見えない前提として固定されます。
点はやがて面になり、集合意識として社会に広がっていきます。

意識は、物質として「川」を流れ始める

ゴミ箱に捨てられたはずのものが、雨季や増水によって川へ流れ込み、やがて海へ出ていく。

ここで初めて、私たちの選択は目に見える流れになります。

海は、ただ返してくるだけ

海は、国境を持ちません。裁きもしません。責めることもしません。ただ、流れ込んだものを、形を変えて返してくる。

砕け、漂い、巡り、ある日、どこかの浜に姿を現します。

海岸に現れる「結果」

私たちが目にするのは、ここです。

ひどい光景、遠い国の問題、誰かの責任

けれどこの浜辺は、集合意識が物質化した鏡とも言えます。

ヨガや哲学の視点から見ると

ヨガ哲学では、行為(カルマ)は必ず結果を伴うと説かれます。それは罰ではなく、ただの因果の流れ。

意識 → 行為 → 物質 → 結果
この循環が、個人ではなく集団レベルで起きているのが、
いまの環境問題なのかもしれません。

希望は、どこにあるのか

この図の中で、変えられる場所は一つだけです。

最初の「点」。

選ぶ・減らす・気づく・語る

点が変われば、面が変わり、流れが変わる。

おわりに

海岸のゴミは、誰かを責めるためのものではなく、私たち自身の暮らしを映す鏡。

そう受け取ったとき、ほんの少し、日常の選択が変わるかもしれません。

 

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