ヨガと心身の整え

春の夜、食いしばりに気づいたら|サットヴァを育てる整え方

ヨガと心身の整え

サットヴァを上げる方法を知りたいと感じていませんか?

春の夜、昼のにぎわいが静かにほどけて、
ようやく自分の呼吸に戻ってこられる時間です。

けれど実際には、
夜になっても体の力が抜けず、
知らないうちに歯を食いしばっていた、ということもあります。

私自身もここ数日、
ふとした瞬間に食いしばりに気づき、
「ああ、まだ体ががんばっていたんだな」と感じることがありました。

そのとき必要なのは、
もっとがんばることではなく、
気づいて、ゆるめて、あますこと。

ヨガでいう「サットヴァ」は、
こうした静けさや澄んだ感覚の中で、少しずつ育っていくものなのかもしれません。

今日は、春の夜にできるやさしい整え方として、
サットヴァをあげる暮らしのヒントを書いてみます。

■ サットヴァとは

ヨガでは、心や体の状態を整えていくことを大切にします。

その中で「サットヴァ」とは、
静けさや澄んだ感覚、
余計な力が抜けたクリアな状態のこと。

難しく聞こえるかもしれませんが、

呼吸が深くなって、
気持ちが落ち着き、
少しやさしい自分に戻れるような感覚に近いのかもしれません。

以前、師匠から
「サットヴァをあげていくことが大切」と教わったことがあります。

最初はよく分からなかったのですが、
チャンティングをしたり、
日々の暮らしを少しずつ整えていく中で、

何かを頑張って作るものではなく、
静けさの中で自然と育っていくものなのだと、
少しずつ感じるようになりました。

自然のゆらぎは、
そのまま心と体に映っているのかもしれません。

■ 春はなぜ緊張が残るか

実は、春は気温の変化がとても大きい季節です。

先日は24度だったのに、
翌日には霜注意報が出るほど冷え込むこともあります。

こうした急な変化に、
体は無意識に対応しようとして、
知らないうちに緊張が続いてしまいます。

体がついていかないとき、
心もどこか置いていかれたような感覚になることがあります。

ヨガでは、こうした落ち着かない動きの状態を
ラジャスと呼びます。

春は、このラジャスが強くなりやすい季節。

だからこそ、
夜になっても力が抜けにくく、
静けさに戻りにくいことがあるのです。

■ なぜ整わないか

また、気づかないうちに
がんばりすぎてしまう背景もあるのかもしれません。

「もう少しやった方がいいのでは」
「ちゃんとできているだろうか」

そんなふうに、
自分を後押ししているつもりが、
いつのまにか力が抜けなくなっていることもあります。

休みの日であっても、
どこか気が休まらない。

世代や環境によって違いはありますが、
「評価されること」や「ちゃんとしていること」に
無意識に意識が向きやすいこともあるように感じます。

だからこそ、

何かを足すのではなく、
いま入っている力に気づいて、
少しゆるめていくこと。

それが整えることの第一歩になるのかもしれません。

私は今、組織の中にいない分、
力を抜くことの大切さをより感じるようになりました。

がんばりすぎは、やさしさの裏側にあるのかもしれません。

■ ゆるめる場所

・あご
・舌
・顔
・呼吸

このあたりは、
思っている以上に緊張が残りやすい場所です。

忙しい日々の中で、
気づかないうちに力が入り、
そのままになっていることも少なくありません。

レッスンでは、
お風呂にゆっくり入ることで、
これらをやさしく整えることができるとお伝えしています。

温かさの中で、
呼吸が深くなり、
顔まわりの力が自然とゆるんでいく。

特別なことをしなくても、
それだけで十分整っていくのです。

■ 春の夜の整え方

サットヴァは、
頭で理解するというよりも、
感じることで少しずつ分かってくるものです。

静かな時間の中で、
呼吸が深くなり、
余計な力が抜けていくと、

「ああ、こういう感覚なのかもしれない」

と、ふと気づく瞬間があります。

サットヴァは、
人や場所、空気の中にも感じられるもの。

落ち着く人や、
静かに整った空間に触れると、
自然と自分も整っていくことがあります。

私自身も、
そうした在り方に触れる中で、
少しずつその感覚を知ってきたように思います。

レッスンの中でも、
ふとした瞬間に、
その静けさを感じることがあります。

だからこそ、

何かを頑張って作ろうとするのではなく、
静かな時間の中で、
少しずつその感覚に触れていくこと。

それが、春の夜のやさしい整え方なのかもしれません。

サットヴァは、説明よりも体験の中で少しずつわかってくるものなのかもしれません。

■ 頑張らない整え

整えるというと、
何かを学ばなければいけない、
理解しなければいけない、

そう感じることもあるかもしれません。

たしかに、知識は助けになります。

けれど、

どれだけ知っていても、
体が緊張したままだと、
なかなか整っていかないこともあります。

整えるというのは、

何かになろうとすることよりも、
すでにあるものに気づいて、
余計な力をほどいていくこと。

静かな時間の中で、
呼吸がやわらぎ、
体の力が抜けていくと、

自然と、
自分の内側に戻っていく感覚があります。

それは、

無理に作るものではなく、
もともと持っているものに触れていくような時間。

だからこそ、

頑張ることよりも、
少しゆるめること。

それが、やさしい整え方なのかもしれません。

ヨガでは、それを“本来の自分に戻る”とも表現します。

それは、何かを付け加えることではなく、
どんな在り方でいるか、ということ。

忙しさの中で力が入っているのか、
それとも、少しゆるんでいるのか。

同じことをしていても、
その在り方によって、
体や心の感じ方は大きく変わります。

整えるというのは、
特別なことをすることではなく、

今の自分の在り方に気づいて、
少しやさしく戻っていくことなのかもしれません。

■ まとめ

春の夜は、
がんばって整える時間ではなく、
少しずつ自分に戻っていく時間なのかもしれません。

食いしばりに気づくことも、
呼吸の浅さに気づくことも、
そこからやさしくゆるめていくための入口です。

静けさの中で、
余計な力をほどいていく。

その積み重ねの中で、
サットヴァは少しずつ育っていくのだと思います。

整えるとは、
何かを足すことではなく、
本来の自分に戻っていくこと。

春の夜は、そのことを思い出させてくれる
やさしい時間なのかもしれません。

在り方が変わると、整い方も変わる。

 

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